無趣味で人付き合いが苦手な女医の家計簿

地方在住。ひきこもり女医のブログ。弱音も収入も晒してます。

私が医学部に入るまで(中学・後編) &チビるくらいに厳しい塾の話(汗)

AA

こんばんは。

一日の気温差が大きく、明け方にちょっぴり喘息のケが出ました。

子供のころは吸入薬を使っており、発作がひどくて救急車で運ばれたこともありましたが、今は季節の変わり目に1回出るくらいです。

幼少期からそうですが、発作が起こるとアゴがかゆくなります。

これは、現代の最新医学でも解明できていません!! ←大げさ

花粉症の際に、アゴから首にかけてかゆくなることはあるみたいですが、同じ原理なのでしょうか。

上アゴがかゆくなる症状はアレルギー症状としてはあるようですが、私の場合は体表面のアゴです。

お仲間さん、いらっしゃいますかね?

いらっしゃったら、あの何とも言えないムズムズ感について、今日は一晩語り明かしましょう(*´台`*)ほえ~

昨日の断捨離ブログ、まだの人はチェックしてくださいね。

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お金絡みのことばかり考えている毎日。

うじうじクソ野郎な私ですが、何かしら、人の役に立ちたい気持ちがあります。

仕事後は、無趣味で、子供もいないため、マンガを読む時間以外はお金絡みのことばかり考えている毎日…(滝汗)。

ふるさと納税、株主優待、クレジットカード、ポイントサイト、ネット収入、純金積み立て、チケットショップ活用、働き方、小遣いの使い方、光熱費の節約、食費の節約、税金、などなど。

これらのことを考えたり、ネットを検索したり、表にまとめたり、していると、時間はあっという間に過ぎちゃいます。

リアルな人にこんな私生活は話せません。オトク情報を共有するのは母くらいです(^_^;)

隅々まで調べないと気が済まないので大変(汗)

ネチネチとオトク情報を検索するのが好きです。というか、強迫的な傾向があるため、調べ始めると、調べ尽くさないと落ち着かないです。
(ちなみに「脅迫」じゃないですよ^^)

ネット通販にハマっていたときは、例えばカーディガンを探しているときは、「カーディガン」のページを全部チェックしないと気が済まず、膨大な時間を費やしていました。北欧インテリアにハマっていたときも、一番安いお店を探して楽天を長時間彷徨ったり。

ネットショッピングが一仕事でした(汗)

こんなに時間を使って、オトク情報を収集しているにも関わらず、考えが散乱しがちなので、なかなか一つのことをまとめられないのが難点です。

整然と、情報が一つの文章にまとまっているサイトを見ると感心します。

読者さんにもトクしてほしい。

私はそのレベルで文章を書くことはできませんが、知りえた内容だとか、日ごろの生活の中で気づいたオトクネタを、ここに遊びに来てくれた方にお伝えしたいんです。

オトク情報は有益ですし、ちょっとまとまりに欠ける文章であっても書く値打ちはあると思います。

・・・なんだったら、考えていることを全部書きたいんですよね。

オトクネタもそうですが、にいやんの面白い言動とか行動とか、職場でのささいな対人交流で大満足した話とか、甥っ子の成長っぷりとか、庭の雑草がまた生い茂っていることとか、ノンスタイルの井上のアンチへの神対応についてとか。

なんせ強迫なので(っ´ω`c)

まあ、当たり前ですが、全部をブログに書くのは無理な話です。意欲はあるのですが、書きたいことが多すぎて全然追っつきません。

どんどんネタが新鮮味を失っていってしまうので、毎日悔しい思いに打ちひしがれています。←大げさ

記事のリクエストになかなかお応えできず。。

そんな中、ときどき読者さんから記事のリクエストを受けるのですが、私のキャパではなかなか迅速に対応できていません。すみません!

ほんと対応が遅すぎて、せっかくメッセージいただいたのに放置状態になってしまっている方にはお詫び申し上げます。

前置きが長くなりましたが(まじで!)、そんなリクエストの中から、「私が医学部に入るまで」シリーズの続編を、今日は書きたいと思います。

リクエストくださったHさん、ありがとうございました(*・∀・)

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私が医学部に入るまで。中学時代の後編。

今回で3つ目なので、読んでいない方は1つ目からどうぞ。

その1:今後の働き方。環境を変える&私が医学部に入るまで(小学校編)
その2:私が医学部に入るまで(中学・前編) &とにかく暗記でここまで来た。

前回も書きましたが、医学部に入るために役に立つ記事では無いのであしからず(汗)。

成績は10段階でほとんどが10でした。

中学校時代、成績表は、10段階で評価されていました。

でもって、保健体育以外はすべて10でした。音楽、家庭科、美術なども10でした。

保健体育は、絶望的に運動音痴だったのが影響し、さらに体育教師に嫌われていたために、

なんと「2」でした(汗)
いいときで「3」でした(汗)

音楽も音痴でひどかったのですが、真面目に取り組んでいたのでOKでした。

合唱のときは、やる気の無いクラスメイトをよそに、誰よりも大きな声で歌っていました。音痴な私が一番大きな声で目立つので、「ちょっとボリュームおさえて!」と先生に注意されるくらいでした。
(音楽の授業でボリュームを下げるように言われた人は少ないと思う^^;)

前回書いたように、丸暗記が苦では無かったので、楽譜を記入する試験もラクラクでした。

体育の先生は見抜いていたのかも?でもヒドイ。

体育については、ヘタクソながらも一生懸命やる「フリ」をしていましたが、見抜かれていたのかもしれません。

ただ走るだけなら、平均以上のタイムだった記憶があるのですが、球技が絶望的にできず、近視だったこともあり、バレーボールは顔面でレシーブしていました。
(注:顔面レシーブは自身のダメージが大きく、脳みそがクラクラしますので、素人の方はゼッタイにやらないでください。←おい)

私は教師ではないので分かりませんが、能力が低くても努力を認めるとか、できる部分を評価するとか、そういうの大事だと思うんですけど、この先生は違いましたね。

運動音痴な分、保健の方は筆記試験があったので、それで学年トップの成績を取ったんです。

これで「2」から抜けられると期待したのですが、その学期はやはり「2」でした。

表には出しませんでしたが、このことは、しばらく根に持っていましたね(笑)

某N先生、ヒドイです!!

・・・って、17年前も昔のこと、まだ覚えてるって怖いですね(笑)

ああ勘違い。過信していたこと。

美術は、けっこう好きで、我ながらうまかったです。先生にも気に入ってもらえて、コンクールにも何度か出させていただきました。

美術の先生は受験時の担任でもありました。

先生も母親も作品を見てはいつも誉めてくれていたので、舞い上がった私は、当時、美術に力を入れている某有名高校への進学を考えていました。

今から考えると恐ろしいです。。

井の中の蛙もいいところ。

既成概念の範疇でしか創造できないくせに、思いあがりも甚だしかったです(汗)

今の画力は、ちょっとしたマンガ風のイラストを描ける程度です。方向性を間違わなくてヨカッタ。。

チビるくらいに厳しい学習塾。

学校外の学習ですが、公文はいつか忘れましたが辞めていました。小学校卒業時には辞めていたかな?忘れました。

1年生時は、宿題をするくらいでしたが、2年生になって、周囲に学習塾へ通う子が増えて、「みんな行っているから」という、一番主体性の無い理由で入塾しました。

地元には有名なハイレベルな塾もあったのですが、そこはチビるくらいに指導が厳しいことで有名で、

「問題が解けないとお尻をバットで叩かれる」

という恐ろしい指導が行われていました。
(実際そうだったのかは体験していないので分かりませんが^^;)

クラスメイトのIくんは、そのケツバットが怖くて怖くて、宿題が解けなかった日、

家にあるすべてのパンツを重ね履きして塾に行ったそうです。

・・・このエピソードを信じるかどうかはアナタ次第です。

私はこの恐怖の塾は避け、地元で2番手の塾に入りました。

塾通いを楽しみにしていました。

何度も書いているように、実家近くには友人がいなかったので、塾で学校の子に会えるのが嬉しかったです。

前の席の男の子が寝ているときには、五分刈りのアタマをめがけて消しゴムをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、消しゴムが無くなるまで投げ続けました。

授業が終わって、起立したときに、消しゴムの破片がザザーっと流れ落ち、男の子がビックリしていたあの顔を、今でも鮮明に覚えています。
(彼は、いろいろうまくいかず、くすぶっていたのですが、2年前に弁護士さんと結婚しました!おめでとう!)

授業内容は、学校の先生より、幾分分かりやすかったように思います。

学校の授業を先取りしている塾の授業を、予習してさらに先取りしていました。

ただ、私より頭のいい子も何人かいたので、そこでは目立たない存在でした。

塾ライフを満喫していた私ですが、3年生になる前に退塾しました。

その後、3年生になってからの勉強事情、そして高校受験はどうなったのか、次回をお楽しみに。

長々と、ここまで読んでくださって、ありがとうございました(*´台`*)ぽっ

    
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